東京タワーからの放送電波の強度分布と周辺地域の電磁波リスク

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東京タワーからの放送電波の強度分布と周辺地域の電磁波リスク

小牧史枝+上田昌文


1●電磁波強度分布把握の必要性

 近年、移動体通信やITの発達により身の回りの電磁波環境が大きく変化しています。携帯電話等の基地局が居住地区にも林立し、近隣住民が電磁波の恒常的被曝を受けている事が考えられます。それによる生体影響や、電子機器の誤作動問題に取り組む場合、電磁波を環境問題として的確に位置付け、そのリスクを探っていくことが重要になってきています。


2●利用電波帯+東京タワーの特徴

 携帯電話が広く普及しはじめてから、まだ4、5年であり、その電磁波の生体影響を疫学的に明らかにすることはかなり困難です。そこで高周波を長期間恒常的に被曝した場合の影響を探るため、近接した周波数帯であり、既に長年に渡り使用されている放送電波に注目しました。

 今回調査対象としました東京タワーは、他のタワーに比べて実効輻射電力がきわめて大きく、電波の特性は日時や季節による変動がほとんどありません。

 現在は、特別展望台上部よりTV18波が、大展望台の上部よりFM5波が送信されています。その周波数帯は70~500MHzです。

 タワー周辺の、電磁波強度の空間的分布はアンテナの特性から理論的に求めることができます。しかし実際には、まわりの色々な建物が電波の伝搬に影響するので、実測によってはじめて、環境中の電磁波の強度を明らかにすることができます。

3●測定

 測定は高周波電界強度測定器EMR-20を用いて行ないました。計測器を、地上高1.3mに保持した状態で、各地点に届く複数の周波数の電波を総合した、総合電界強度E[V/m]の6分間平均値を測定しました。それを換算して総合電力束密度P[μW/c㎡]で表しました。さらに対数によるデシベル表示もあわせて用いました。

4●全測定地点

 東京タワーの位置する港区は、人口密集地域です。学校、病院、大使館など公共の施設も多くあります。また最近は、高層の大型マンションの建設も目立っています。計測は東京タワー周辺、半径2km以内の225地点で行ないました。測定点は、方角による強度の違いを考慮して、16方位の直線上の地点を選びました。さらに、公共性の高い施設の前でも測定しました。


5●結果(別紙の図参照)

 測定結果を示します。各測定点における電力速密度の大きさを色別にプロットしました。単位には、mW/㎠を基準としたデシベル表示を用いて、10dBごとに色分けしました。この図より、北西方向に比較的強い強度を示す地点が多くある事がわかりました。特に、-20dB以上を示した赤い点は北西方向にのみ現われました。これは、内陸部に向けて電波をより強く放射している、発信元の指向性が現われていると考えられます。


6●結果(距離特性)

 次にこの結果を東京タワーからの距離と強度の関係に整理しました。縦軸に電力速密度、横軸に東京タワーからの距離をとりました。図中の記号は各測定点からの東京タワーの見え方を表わし、◆は大展望台より上の、全てのアンテナ設置部が見える場合、◇は特別展望台より上の、テレビ放送用アンテナの設置部が見える場合、*は全く見えない場合を表わします。この図より、半径450m以内では全ての測定点で-30dB以上であり、そのうち-20dB(10μW/c㎡)を超える地点が十数地点あることが分かりました。


7●規制値との比較

 このような強度分布をリスクの観点からはどう判断できるのでしょうか。各国が人体防護の観点から電磁波強度の規制を設けていますが、国により、大きな違いがみられます。

 日本の規制値は、世界的に見た場合、比較的緩やかで、200μW/c㎡を超えてはいけないとされています。アメリカ、イギリスではさらに緩やかで、1000μW/c㎡までとされています。 一方で、比較的きびしい規制値を設けている国もあります。イタリアでは、10μW/c㎡までとされていますし、ロシア、スイスでも2~4μW/c㎡までとされています。

 東京タワーの周辺地域では、イタリアの規制値の10μW/c㎡を超える環境が確実に存在することが、今回の実測で明らかになりました。


8●海外事例のまとめ

 そこで次にこのような電磁波環境がもたらす生体影響について考えたいと思います。

 先ずはじめに、海外で既に行なわれている、放送電波の電磁波リスクに関する疫学研究事例を紹介します。

 シドニー、英国のサットンコールドフィールド、サンフランシスコ、ホノルル、ローマの5事例があります。いずれの場合も、対象疾患に小児白血病を含んでいます。これは小児白血病が、居住地域での環境影響を反映しやすいと考えられるからです。

 もともと白血病の発生は、環境の影響を比較的よく反映すると言われていますが、特に子供の場合は移動範囲が小さく、大人と違って職業に伴う影響も排除できるので、居住地域での環境影響を探りやすいと考えられます。

 ローマを除く4つの例において、電波塔近隣地域と、それ以遠の地域とにおける、小児白血病の発生頻度を比較しています。

 頻度の上昇が統計的有意に示されたのは発症率を調べた4例のうち、3例。死亡率を調べた2例のうち、1例でした。ただし、有意差が見られる場合でも、発生率比が2.5倍を超えるものはありませんでした。

 また反論されている場合もあり、シドニー、サンフランシスコの例では、統計的手法を変えて解析を行った場合に、有意ではないことが示されています。イギリスでは調査対象を別の複数のタワーに拡大した場合には有意差が失われました。


9●日本全国の白血病死亡率推移

 このような疫学調査を日本で行なおうとすると、大きな困難を伴います。と言いますのは、日本では、白血病や癌についての発症を記録する、全国的な登録制度がないためです。今回は人口動態統計から得られる死亡者数および死亡率に着目しました。

 まず、全国についてみてみます。このように小児人口と、小児白血病の死亡率が推移しています。1980年ごろから白血病の治癒率が著しく向上し、死者数をもって白血病を捉えることは難しくなりました。そこで、東京タワー開設直後の1959年からの20年間で、累積死亡率を調べました。結果は10万人に3.06人でした。


10●港区における小児白血病死亡率の比較

 一方港区では、小児人口が全国と同様な推移を示す中で、ほとんどの年で一人から二人の小児白血病死亡者がありました。先ほどと同じ20年間の累積死亡率を取りますと、10万人に2.53人であり、全国の3.06人と比べて、むしろ小さいことが分かりました。


11●海外事例との比較

 東京タワーの結果を、先の海外事例と比較します。  調査範囲、電力束密度の大きさから言って、シドニーの事例が東京タワーとよく似ています。この例では、発症率、死亡率とも有意差が見られます。

 ただし、この例で用いられた方法は発症数の把握が必要なため、そのまま東京タワーに適用することはできません。表中、東京タワーと同じように小児白血病死亡数統計で調べているのがイタリアローマの例です。こちらでは、死亡率は全国比の2.5倍になっています。


12●まとめ、今後への期待

 以上をまとめますと、このように、放送電波のリスクについての結論は一致していません。 その原因として、1つには、環境中の電磁波強度を実測した事例が少なく、実際の被曝量と推定値がずれていることが考えられます。また、疫学で利用するデータが必ずしも統一的でなく、互いに比較することが難しいため、とも考えられます。

 現状では一致した結論が得られていませんが、今後も、携帯電話の普及や地上波デジタル放送の導入など、高周波の利用が拡大していきます。そうした状況において、環境中の様々な放射源からの複合的な電磁波被曝状況を想定して、現在の防護基準が妥当であるかどうかを再検討していく必要があると思われます。そのためにも、より実証性の高い方法を用いて、放送電波のリスクを検討していくことが求められています。■


◆学会発表の際の質疑応答

Q1:海外の放送電波のリスクを調査した事例はここで取上げただけなのか? A1:そうである。現時点で論文として発表されているものはほぼこれらに尽きている(次項の文献欄参照)。

Q2:白血病を取上げたわけは? A2:小児白血病、ことに急性リンパ性白血病(ALL)が注目されるのは、「(1)潜伏期間が短く、環境の影響を比較的すみやかに反映する。(2)発症と診断される者の3分の1以上が5歳以下であり、3分の2以上が15歳以下である。(3)子どもでは、大人に比べて、居住地域の環境影響との関連を見つけやすい。(4)大人につきものの職業に伴う他の疾病因子の曝露という交絡因子を排除できる。(5)ALLは小児白血病の大部分を占める」などの理由による。

Q3:北西方向に電波が強いというのは指向性のためか? A3:東京タワーに設置されたアンテナ群の指向性が大きく効いていると考えられる。ただし特異的に高い値を出した地点も北西方向に多いのだが、これらは電波伝搬上の理由、つまり複数の電波の位相の一致、回りの建物との関係によって決まる反射波や回折波の位相の一致など、その地点に特異的な条件が関係している場合もあると考えられる。


◆参考文献について

・私たちが実測した東京タワーのデータとそれについての考察の詳細は、次の論文に示している。小牧史枝、加納誠、上田昌文「東京タワー周辺地域における送信電波の電力束密度測定」『EMC(電磁環境工学情報)』2002年No.168、2002年4月号、p40~59

・海外の放送タワー周辺地域での疫学調査の原著論文は、必ずしもすべてが日本で入手できるわけではないが、私たちは以下の論文を収集し、すべて目を通して検討した。

・サンフランシスコ:Selvin 1992,Cherry 1999(『ザルツブルク議事録』)・シドニー:Hocking 1996, Hocking 2000,McKenzie 1998,McKenzie 1999(Hoking との論争)・サットンコールドフィールド:Dolk(1)1997, Dolk(2)1997,Smith2001・ハワイ:Maskarinec 1994,Goldsmith1995,Goldsmith1997(タワー疫学全体のレビュー)・ローマ:Michelozzi1998

・小児白血病死亡者数は、ここ40数年分の『人口動態統計』、『悪性新生物死亡統計』、港区保健センター所管の『事業概要』ならびに小児白血病に関する医学書該当箇所、医学総説論文、疫学論文などに基づき、必要な推計を行ないつつまとめた。■

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